スポーツ総合情報サイト ロンドンへの道: 背水日本救った!俊輔右足ミドル弾

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2008年06月03日

背水日本救った!俊輔右足ミドル弾

日本代表は2日、日産スタジアムで行われたW杯アジア3次予選2組でオマーンに3―0で快勝した。今予選初出場となったMF中村俊輔(29=セルティック)が前半22分に約45メートルのロングパスを通してFW大久保嘉人(25=神戸)のゴールを演出すると、後半4分には右足でダメ押し弾を決めた。これで3次予選は2勝1敗となり、最終予選進出に前進。この日77歳で死去した日本サッカー協会の元会長、長沼健最高顧問に白星をささげた。 【日本―オマーン戦詳細  W杯予選日程&結果】

 オマーンの息の根を止めたのは、得意の左足ではなく右足だった。2―0の後半4分だ。左サイドからの松井のパスを中央で受けて右足でトラップ。寄せてきたDFを左足のシュートフェイントでかわすと、最後は右足でゴール左隅に突き刺した。右足での得点は07年7月16日のベトナム戦以来2点目。代表通算21得点のうち18ゴールは左足で決めており、極めて珍しい一撃でもあった。ハーフタイムに岡田監督から「2点差を守り切ると思うな」とゲキが飛んでいただけに「自分が3点目を取れて良かった」と納得の表情を浮かべた。

 06年W杯ドイツ大会後に、中村は「30歳頃にピークが来る」と自己分析していた。セルティックに所属して欧州CLなどを経験することで、もともとの特長であるパスやFKだけでなく、守備やスライディング、右足やヘッドなどの技術が上がっていることを実感していたからだ。30歳の誕生日は今月24日。右足でのゴールは必然だった。

 昨年の大みそかに今年の目標を3つ掲げた。バルセロナとの対戦と、セルティックでのリーグ制覇はすでにクリア。残る1つは日本のW杯予選突破に貢献することだった。だからこそ、決して万全でない体にムチを打った。5月18日に左太腿裏を負傷し、帰国後の検査で左足付け根の炎症が判明。強行出場した5月27日のパラグアイ戦では、昨年末に苦しんだ左ひざ腱炎症の古傷が再発。それでも最後まで足を止めなかった。

 02年W杯日韓大会では直前でメンバーから落選。06年W杯ドイツ大会は1次リーグ全3試合に出場し初戦のオーストラリア戦ではゴールも決めたが、力を出し切れなかった。それだけに、もう一度あの舞台に立ちたい思いは誰よりも強い。

 だからこそ、3―0の快勝にも笑顔はあまりなかった。「きょうのようなファイト、ハードワークを続けないと。そのことが試合が終わってすぐに頭に浮かんだ」とすでに先を見据えている。さらに「きょうタマ(玉田)は、オレがトラップした瞬間に動き出していた。でも、オレが遅くて生かせなかった」と課題を口にすると、自らの得点シーンについても「強い相手だったら、そう簡単にはいかない。その辺を詰めていかないと、またW杯で痛い目に遭う」。これまで幾多の困難を乗り越えてきた中村だからこその言葉だった。

 前半22分には、ゴール前に走り込んだ闘莉王にどんぴしゃのロングパスを放り込み、大久保のゴールを演出。これでW杯予選は10試合で9勝目。「アウェーで戦い方が変わるので全員が意識しないといけない」。日本のファンタジスタが、窮地に立たされた日本代表を救い、さらに南アフリカヘとまた一歩前進させた。

中村俊輔


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posted by モンチャン at 11:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | サッカー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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